【近代-30】 「富国強兵」の図解 その3

画像


 「強兵」の部分が控えめな大きさなのは,明治初期の実態を示しているのでしょうか?

 その土台が「富国」であること,それを支える「会社」が,資本主義の仕組みをとっていくことも示されています。

 まだ少し先の話ですけれど,話のきっかけがつくれる図です。

 「官営工場」やその「払下げ」の問題は,もう少しあとで登場します。

 この図の秀逸なところは,大きくて立派な「外国」に対して,「使節」「貿易」を通して友好的に接している一方,片手に武器を隠しているところあたり(「強兵」の踏み台に乗っかれば・・・)でしょうか。

 下駄が落ちていっているところには,教育にかかわる「寺子屋から学制へ」というコメントがありますが,これがもし書かれていなかったら,「文明開化」一般のことを示すものとして使えそうですね。 


にほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へにほんブログ村 歴史ブログへにほんブログ村 歴史ブログ 日本史へにほんブログ村 教育ブログ 中学校教育へ

この記事へのコメント

sakusaku0428
2013年11月20日 05:56
とても面白い取り組みだと思いましたので、同僚の社会の先生にお知らせいたしました。
私は理科ですが、同じような取り組みができそうな気がしています。
new_clear_sky
2013年11月22日 23:01

ありがとうございます!
できたら,感想をいただけるとうれしいです!
sakusaku0428
2013年11月23日 05:03
子どもたちが、自分自身の言語で語ったり書いたりして表現することは今最も求められている力の一つだと思います。それをもとに、他者の考えや気持ちを感じ取ったり評価したりして、さらに自分の中に取り入れていく活動が期待されています。一人一人の発表の機会をつくれば時間という物理的な制限にひっかかると思われますが、生徒たちに自由に交流させることで時間という物理的壁は乗り越えることができると思われます。
生徒さんたちが調べ学習(もちろん教科書も大事な資料の一つ)などをしてこのようにまとめたものを持ち寄ってあちらこちらで情報を交換するような場を提供できたら素敵だなぁとイメージしております。私が勤めている市では、「共同体」さんを実施していますが「男女4人」とか「コの字形」といった教師が管理している状態には教師サイドの限界で壁を乗り越えて行けなくなります。しかし、もしもそれらをとっぱらって、解決の方法を生徒に任せると、人数的にも多く人間関係的にも近い者同士が協力すれば、教師の限界はあっという間に解決できると信じております。

長くなりすみません。

この記事へのトラックバック